【レアル会長】フロレンティーノ・ペレスの経営、年収、監督からの批判

監督,代理人,解説,実況etc

今回はレアル・マドリードがレアル・マドリードたる所以となった人物フロレンティーノ・ペレスについてまとめていく。今回の記事は非常にディープなものとなった。

実際何をしている人なの??

フロレンティーノ・ペレスはレアル・マドリードの会長を務めている。スペインのクラブの多くは会長選出にソシオつまりクラブ会員による投票制度を用いている。ペレスも他のスペインのクラブと同様にソシオの投票によって選出された会長だ。

さてフロレンティーノ・ペレスは何者かを一言でまとめると「敏腕のビジネスマン」という言葉がふさわしい。フロレンティーノ・ペレスはスペインでNo.1、ヨーロッパではNo.3の巨大建設会社ACSの経営者を務めている。純資産は驚きの23億ドルと言われている。この肩書きだけでビジネスに長けている会長であるのも納得がいくだろう。

意外なことにフロレンティーノ・ペレスのキャリアは政界進出から始まった。1983年にスペインの民主改革党議員として立候補。マドリッド市議会で自身の政治家としての挫折を経験し、新たな活躍の場としてサッカー界を選んだようだ。

フロレンティーノ・ペレス第一次政権の始まり

1994年にレアル・マドリードの会長選に出馬するも、この時は対立候補のラモン・メンドーサに敗北を喫する。そこから6年後に前会長の辞任により空いた会長職を再び狙う。ルイス・フィーゴの獲得を公約に掲げていた今回は見事に当選を果たした。その後、ペレスがレアル・マドリードの決算書を確認すると、クラブが多額の借金を隠蔽していたことを発見。ペレスは銀行や地元企業に融資を依頼し、レアル・マドリードの財政を1代にして立て直した。もし、この時のレアル・マドリードの借金の隠蔽をペレスが解消していなかったら、現在のレアルマドリーどの栄光はなかったであろう。

程なくしてペレスのレアル・マドリードの銀河系軍団構築計画が始まった。2001年、当時世界最高の選手であったジネディーヌ・ジダンの獲得に始まり、2002年に元祖怪物ロナウド、2003年にはイングランドの貴公子ベッカム、続く2004年にはマイケル・オーウェンとロビーニョも獲得した。補強は成功しレアル・マドリードに悲願の9度目のチャンピオンズリーグをもたらした。

2006年成績不振により、突如としてフロレンティーノ・ペレスの第一次政権は終わりを迎えた。

第2次政権の始まり、、、

前会長ラモン・カルデロンの不振により、フロレンティーノ・ペレスが再び会長選に立候補した。この時は他に立つ候補者がいなかった。なぜなら会長選立候補の条件にある5700万€もの大金を容易に用意できるのはフロレンティーノ・ペレスしかいないからだ。

第2次政権は大型補強から始まった。200億€以上を補強につぎ込み、当時のスター選手であったカカ、クリスティアーノ・ロナウド、シャビ・アロンソ、カリム・ベンゼマを獲得。さらに、2014年ブラジルW杯前には、例年よりも支出を抑えることでW杯で活躍したスター選手を獲得することでクラブのブランド価値を向上させた。フロレンティーノ・ペレスのビジネスは近視的と批判されるが、レアル・マドリードが「21世紀最も成功したクラブ」と謳われている事実は誰もが認めざるを得ないだろう。第2次フロレンティーノ・ペレス政権では前人未到のチャンピオンズリーグ3連覇を果たしたのだ。

第一次政権での失敗から学び(デル・ボスケ監督をあまりにも煩雑な判断で解任してしまい、銀河系軍団のバランスが取れなくなってしまったという失敗)若い才能への投資や監督を結果が出るまで忍耐強く見守ることをフロレンティーノ・ペレスは学んだ。さらにはトップチームのみに全集中するのではなく、Bチームからレアル・マドリードのDNAを受け継ぐように策を講じた。Bチームの監督やコーチに、ラウール・ゴンザレスやシャビ・アロンソ、ジダンといったクラブの伝統を知るものを並べた。タダでは転ばないのがフロレンティーノ・ペレスという男だ。

コロナ禍にも関わらず、選手の売却費によって150億円以上の収益を上げた。各国クラブが決算で赤字をあげる中、レアル・マドリードは約30万€の黒字を報告した。来るムバッペ、ハーランドの補強費を確保した。さらにはレアル・マドリードの本拠地サンティアゴ・ベルナベウの改修も無観客を利用して急ピッチで進めている。計画は前倒しとなり、2022年夏に完成する見通しだここにもフロレンティーノ・ペレスの抜け目なさが表れている。サッカー云々は置いといて、ビジネスにおいては非常に優れている人物であることがわかるだろう。

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