【解説】セルジュ・オーリエのプレースタイル、オーリエ軍のメンバーとは

ラ・リーガ

今回は日本代表をブラジルW杯に敗北に追いやったスーパースター、トッテナムのレジェンドの一人、オーリエ軍の長だったセルジュ・オーリエのプレースタイルについてご紹介。プレースタイルはもちろん気になる「オーリエ軍とは何か」も徹底解説します

基本情報・成績

ビジャレアル

コートジーボワール代表

前所属:PSG

生年月日:1992年12月24日

市場価値:2000万ユーロ

コートジボワール代表での成績:70試合3ゴール

トッテナムでの成績:

パリ・サンジェルマンでの成績:

プレースタイル

縦のレーンの覇者

オーリエはモウリーニョスパーズで不動の存在だった右サイドバックです。アフリカ人ならではのs身体能力の高さで右サイドのレーンを上下動するできるのが彼の最大のストロングポイントです。伸びやかなスプリントと思い切りのあるプレーが彼の魅力でしょう。

対人もそこそこ強く、フィジカル的なアドバンテージを生かしたタックルやスプリントはお手の物。サイドバックとしてはかなり大柄な部類に入るので空中戦でも計算が立つ選手となっています。

インスタグラムにたびたびチームメイトと一緒の写真をあげることも多くチームのムードメイカー的な役割としても重要です。

しかし攻撃精度はイマイチでお世辞にもビルドアップが上手い選手とはいえません。特にクロスの精度はその日のコンディションによってまちまちです。しかし時にスーパーなクロスを入れることがあります。高速でFWに吸い込まれていくオーリエのクロスの虜のファンもいるのではないでしょうか。

現代では結構異質なプレースタイルを持ったサイドバックの一人だったと言えるでしょう。

長友が選ぶ対峙して嫌だった選手第3位

オーリエと聞いたら、戦々恐々する方もいるかと思います。それは間違いなく2014年のブラジルワールドカップのコートジボワール戦でしょう。

「一対一をする前に超速いアーリークロスを放り込んできた!」と語っており、長友選手のトラウマ選手の1人なのだとか。

ちなみに2位はロドリゴ、1位はホセ・カジェホンと玄人好みな選手が並んでおり、選考の本気度とピッチレベルで感じる凄さを持った選手が並んでいることがわかりますね。

ポカも多いが、スーパーな日も

オーリエは安定感があるとは言いづらい選手です。実際、過去所属していたPSGでも規律は乱すわ、決勝トーナメント敗退を招くクリアミスをするなどといった経緯から放出されています。失点直結のとんでもないミスを犯した次の試合には、結構攻撃面で貢献してくれたりと好不調の波がある選手でもあります。

オーリエのセオリーをくつがえすようなプレーはチームを何度も救います。伸びやかなスプリント活かした緩急のあるドリブルで打開することもあれば、高速クロスで決勝弾をアシストすることもあります。さらには強烈なシュートや美しいボレー弾を決める日もあります。

オーリエが波に乗れば止めるのは困難でしょう。オーリエの調子の良い日は縦のレーンを完全制圧して、攻守にわたっての存在感を発揮します。チームメイトとの仲の良さやに加えて、たまにスーパーな

オーリエ軍の歴史

トッテナムの最大派閥はオーリエ軍でした。彼らがトッテナムの練習場、ロッカールームに秩序をもたらしていました。

オーリエ軍の結束の始まりはUNOだと言われています。ロッカールーム恒例のUNO大会でオーリエはいつもデレアリと衝突しており、オーリエは徒党を組むようになっていきます。

オーリエ軍の構成メンバーはリーダーのオーリエ、エンドンベレ、ムサ・シソコが所属していました。ルーカス・モウラも所属していたとされています。特にオーリエとエンドンベレは結束が強く、プライベートも似た服を着ているところをインスタグラムにアップロードしています。

しかしジョゼ・モウリーニョ体制で始まった20-21シーズンには1強だった勢力図が変わることとなります。

これがトッテナム史にも残るウェルシュ・マフィアの誕生です。ベイルのトッテナム復帰とともにウェルシュ・マフィアが誕生しました。構成メンバーはロドン、ベイル、ベン・デイビスです。ウェルシュ・マフィアはオーリエ軍に次ぐ派閥となり全面戦争が始まったのです。

しかしそんなオーリエ軍ですが、オーリエのトッテナム退団により解散となっています(多分)。次なるチームで新たなオーリエ軍が誕生なるか

終わりに

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